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姫路で合流。頼ってみたら、遠くまで行けました

tatsuyaishiwatari
1月2日
読了時間: 10分

連載「行けるところまで行ってみる」2025年編 ― 東京から船に乗って、12日間/第2回(10月29日〜11月1日)

この連載について 毎年この時期に、その年に行けるところまで行く旅をしています。2025年は東京からフェリーで四国へ渡り、瀬戸内を抜けて大阪・名古屋を通って帰るまでの12日間。全4回でお届けします。 第1回 徳島行きのフェリーに乗ったら、四国を一周することになりました(10/25〜28) 第2回 姫路で合流。頼ってみたら、遠くまで行けました(10/29〜11/1)← いまここ 第3回 弥生から江戸まで歩いて、ひとりに戻りました(11/2〜11/5) 番外編 手すりのメモと割引のメモ、12日間ぶん全部

第1回では、東京・有明からフェリーで徳島に渡り、高知・松山・しまなみ海道と四国をひと回りして、尾道で本州に戻ってきました。ここまでは、ひとり旅です。

ここから先が、今年の本来の目的地になります。姫路城、神戸、そして大塚国際美術館。そしてこの日から、妻と娘が新幹線で合流します。

前半とは、旅の色がまるっきり変わります。そして結果的に、この4日間がいちばん学びの多い区間になりました。


姫路駅で、ひとり旅が終わる


姫路駅で二人を拾いました。

四国を回っているあいだ、連絡はしていたものの、ずっとひとりで運転して、ひとりで食べて、ひとりで写真を撮っていたわけです。助手席と後部座席が埋まった瞬間、車の中の空気が完全に別物になりました。急ににぎやかになって、急に予定が増える。

ここからは家族旅行です。


姫路城は、電動車椅子とガイドさんで回った


そのまま姫路城へ。

写真で何度も見ているはずなのに、実物を見るとまず白さに驚きます。青空の下だと、ほとんど発光しているみたいに見える。「国宝 姫路城」「特別史跡 姫路城跡」の石碑の前で一枚撮りました。


ただ、姫路城はとにかく広い。大手門から入って三の丸広場を横切り、坂と石段を上がって天守群まで。前日に松山城の途中で引き返してきたばかりの身としては、これを自力で歩き通すのは、どう考えても無理がありました。


そこで今回は、電動車椅子を予約しておきました。姫路には、NPO法人が運営しているユニバーサルツーリズムの窓口があります(姫路ユニバーサルツーリズムセンター/運営:認定NPO法人コムサロン21)。ここで電動車椅子「WHILL」のレンタルと、城内をサポートしてくれるコンシェルジュを、事前予約で頼むことができる。

段取りをしてくれたのは妻でした。合流した初日に、もう手配が済んでいる。こういうところは、まったくかなわない。


そして、これが大正解でした。


ついてくれたガイドさんが、とにかく優秀だったんです。城の解説がうまいのはもちろんなのですが、それ以上に旅慣れている。どのルートなら電動車椅子で無理なく行けるか、どこで曲がると段差を避けられるか、どこで一度止まって見上げると一番いい角度になるか。全部、先回りして知っている。「ここからの眺めが好きなんですよ」と言われて止まった場所が、実際いちばん良かった。


結果として、大手門から天守群のすぐ近くまで、たっぷり時間をかけて回ることができました。歩いていたら、たぶん三の丸広場で力尽きていたと思います。

「自分の足で全部歩く」ことにこだわらなくなってから、行ける場所がむしろ増えました。姫路城は、その代表例です。

🤝 手すりのメモ|姫路城 敷地が非常に広く、坂と石段が続きます。姫路城の公式案内でも、車椅子での単独見学は難しく、介助が前提とされています。電動車椅子+サポート付きなら、改札口から天守群の付近まで観覧可能。天守内部の階段は現存天守そのものなので、ここは登りません。事前予約が必要なので、思い立ったら早めに連絡を。
国宝 姫路城の石碑
国宝 姫路城の石碑
大手門
大手門
🎫 割引のメモ|姫路城 障害者手帳の提示で、本人と介助者1名が入城無料。車椅子利用の場合は、本人と介助者3名までが無料になります。電動車椅子WHILLのレンタルとコンシェルジュの同行は別途有料・事前予約制。窓口は姫路ユニバーサルツーリズムセンター(認定NPO法人コムサロン21)です。

日が傾いてから、高砂神社へ

城を出て、そのまま高砂市の高砂神社へ向かいました。

なぜここかというと、娘が日本舞踊に興味を持っているからです。せっかく近くまで来たのなら、ということで、行き先に入れました。


結婚式で聞く「高砂や、この浦舟に帆を上げて」—あの謡曲「高砂」の舞台が、ここです。境内には相生の松があります。一本の根から雌雄二本の幹が立つ松で、ここに宿った尉と姥の老夫婦が、そのまま「共に長生きする」象徴になっている。高砂市が自らを「ブライダル都市」と名乗っているのも、これが理由です。


夕方の境内は人がまばらで、傾いた日が本殿にあたっていました。古い神木が何本もあって、立札を一つずつ読んでいきました。派手な観光地ではありませんが、静かで、木が大きくて、いい神社でした。


舞台の名前は知っていても、その舞台が実在の場所だとは意識していない。そういうものが日本にはたくさんあるのだと、あらためて思いました。

ご神木「いぶき」の立札
ご神木「いぶき」の立札
本殿と境内
本殿と境内
奉納された絵馬
奉納された絵馬

夜、明石海峡大橋が光る


この日の宿は、明石海峡大橋が見えるところでした。

日が落ちると、橋がライトアップされます。色がゆっくり変わっていって、しばらく見ていても飽きない。部屋から、ほとんどまっすぐの角度で見えました。移動の多い旅だと、こういう「何もしなくていい時間」がありがたい。

ライトアップと月
ライトアップと月
ピンクに変わったところ。水面まで美しい
ピンクに変わったところ。水面まで美しい
今度はブルーに
今度はブルーに

五色塚古墳 ―— 古墳の上から、橋を見る


翌朝は五色塚古墳へ。

兵庫県最大の前方後円墳で、築造当時の姿に復元されています。葺石がびっしり敷き詰められていて、遠目には巨大な石の丘みたいに見える。


ここの何がいいかというと、墳丘の上まで登れることです。そして登った先から、明石海峡大橋と淡路島が一望できる。1600年前につくられた場所から、現代の吊り橋を眺めるという、なかなか贅沢な構図でした。


階段そのものは、幅が広くて一段も低く、勾配もゆるやか。段差だけを見れば楽な部類です。


ところが、手すりがロープでした。これがなかなか手強い。私は上るときも下りるときも手すりに体重を預けるのですが、ロープでは引くことも押すこともできません。支えとしては、ほとんど当てにならない。結局、時間をかけて一段ずつ上がりました。

それでも、登りきった先の眺めには、その価値がありました。

🤝 手すりのメモ|五色塚古墳 墳丘への階段は幅が広く、勾配もゆるやか。段差そのものは問題ありません。ただし手すりがロープなので、体重を預ける支えにはなりません。握って引ける手すりが必要な方は、時間に余裕を持って。車椅子での見学可否は未確認ですが、少なくとも墳丘に上がるスロープはありませんでした。上まで登らなくても、麓から明石海峡大橋は見えます。
墳丘上から見た明石海峡大橋と街並み
墳丘上から見た明石海峡大橋と街並み
墳丘への階段。手すりはロープ
墳丘への階段。手すりはロープ
ロープを頼りに一段ずつ
ロープを頼りに一段ずつ

丹波篠山で、ぼたん鍋


そこから北へ走って、丹波篠山へ。目当てはぼたん鍋です。

「ぼたん亭」という店に入りました。店先には「デカンショうどん」の幟が立っていて、入口には猪の置物。期待できる面構えです。


出てきたのは、猪肉が花のように盛られた大皿と、味噌仕立ての鍋。猪肉というともっと硬いものを想像していたのですが、脂が甘くて、まったくクセがない。白菜がくたっとなるころには、全員黙って食べていました。

秋にここまで来た甲斐がありました。

ぼたん鍋
ぼたん鍋
猪肉の大皿
猪肉の大皿
「ぼたん亭」の幟と店構え
「ぼたん亭」の幟と店構え
店先の猪の置物
店先の猪の置物

大塚国際美術館 ―— 複製だから、近づける


翌日は鳴門へ。今年いちばん行きたかった場所です。


大塚国際美術館は、世界中の名画を原寸大の陶板で複製して展示している美術館です。「複製か」と思う人もいると思うのですが、実際に入ってみると、この方式でしか成立しない体験があります。

まず、システィーナ礼拝堂。天井画も壁画も、礼拝堂の空間ごと再現されています。首が痛くなるまで見上げていられる。本物のバチカンでこれをやったら、たぶん5分で流されます。

「最後の晩餐」も、ロープの向こうではなく、すぐ目の前にあります。ミレーの「落穂拾い」「晩鐘」も同じ。ガラスがないので、反射も映り込みもありません。

そして、これは当事者として本当にありがたかったのですが、館内が広くて、動線がゆったりしている。順路に沿ってエレベーターがあり、椅子も多い。混雑した本物の美術館で一番つらいのは、立ち止まれないことと座れないことなのですが、ここはそのどちらも解決しています。

美術館は体力勝負になりがちな場所です。ここは、体力に関係なく最後まで見られる美術館でした。

🤝 手すりのメモ|大塚国際美術館 順路にエレベーターが整備され、休憩できる椅子も多い。展示室が広く、人の流れに押されずに自分のペースで見られます。一日いても大丈夫な構造。

🎫 割引のメモ ここも障害者手帳の割引対象です。この旅では、美術館・博物館の類はほぼすべて手帳割引が使えました。
システィーナ礼拝堂(空間の広さが分かる引き)
システィーナ礼拝堂(空間の広さが分かる引き)
「最後の晩餐」
「最後の晩餐」
ミレー「落穂拾い」
ミレー「落穂拾い」
ミレー「晩鐘」
ミレー「晩鐘」
金の祭壇画
金の祭壇画

そのあと、近くで天ぷら定食の昼ごはん。旅の中日の、ごく普通の一食です。こういうのも、あとから見返すと意外に記憶に残ります。

昼の天ぷら定食
昼の天ぷら定食

神戸港震災メモリアルパーク


午後は神戸へ戻って、メリケンパークの一角にある神戸港震災メモリアルパークへ。


阪神・淡路大震災で被災した岸壁が、当時のまま60メートルほど保存されています。街灯が傾き、地面が波打って沈み込んだまま、そこだけ時間が止まっている。すぐ隣は、いま普通に観光地として賑わっているエリアです。


説明板には、被害の数字が並んでいました。数字を読んでから顔を上げて、目の前の傾いた岸壁を見ると、あれが具体的な出来事だったことが分かる。


医療や体のことに関わるようになってから、こういう場所での立ち方が少し変わった気がします。長居はせず、でもちゃんと見て、次に進みました。

保存された岸壁
保存された岸壁
被害の数字が並ぶ説明板
被害の数字が並ぶ説明板

カワサキワールドで、完全に趣味の時間


翌日は、同じ神戸の海洋博物館の中にあるカワサキワールドへ。


ここは完全に私の趣味です(笑)。

Ninja ZX-10R、ZXR-7、KZ1000、Z1、そしてNinja H2。歴代のバイクがずらりと並んでいて、正直かなり長い時間いました。「Z1の伝説」みたいな展示パネルを、全部読みました。


家族には「まだいるの」という顔をされましたが、旅というのはこういう時間のためにあるのだと思っています。

KZ1000S
KZ1000S
Z900RS
Z900RS

そのあとは大阪へ。道に埋まっている大阪・関西万博のマンホール(あのキャラクターの絵柄)を見つけて撮り、夜は「えびす」で寿司。旅も後半に入って、だいぶ緩んできました。



この4日間で、はっきりしたこと


振り返ると、ひとつはっきりしたことがあります。


前半、四国はぜんぶ自力で回りました。それはそれで良かったのですが、そのぶん、松山城のように途中で引き返した場所もありました。


後半は違いました。姫路城は電動車椅子とガイドさんにお願いして、歩いていたら絶対に届かないところまで行けた。大塚国際美術館は、館そのものがよく考えられていたおかげで、最後まで見きることができた。つまり頼ることと、よくできた仕組みを使うことで、行ける範囲がはっきり広がったわけです。


自分の足で全部歩くことにこだわるより、こっちのほうが、結果として遠くまで行けます。

さて、旅もあと4日。この先は大阪です。時代をさかのぼるような一日があって、二人を見送って、また私ひとりに戻ります。


→ 第3回 弥生から江戸まで歩いて、ひとりに戻りました(11/2〜11/5)


→ この旅で使った割引やサポートの情報は、番外編 手すりのメモと割引のメモ、12日間ぶん全部 にまとめてあります。


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