top of page

弥生から江戸まで歩いて、ひとりに戻りました

tatsuyaishiwatari
1月3日
読了時間: 8分

連載「行けるところまで行ってみる」2025年編 ― 東京から船に乗って、12日間/第3回(11月2日〜5日)

この連載について 毎年この時期に、その年に行けるところまで行く旅をしています。2025年は東京からフェリーで四国へ渡り、瀬戸内を抜けて大阪・名古屋を通って帰るまでの12日間。全4回でお届けします。 第1回 徳島行きのフェリーに乗ったら、四国を一周することになりました(10/25〜28) 第2回 姫路で合流。頼ってみたら、遠くまで行けました(10/29〜11/1) 第3回 弥生から江戸まで歩いて、ひとりに戻りました(11/2〜11/5)← いまここ 番外編 手すりのメモと割引のメモ、12日間ぶん全部

第1回で東京から船に乗って四国をひと回りし、第2回では姫路で家族と合流して、瀬戸内を東へ戻ってきました。旅も残り4日です。

ここからは大阪。歴史の中をまっすぐ歩くような一日があって、二人を見送って、そしてまた私ひとりで東京まで帰ります。


弥生から、古墳から、江戸まで


翌日は、大阪の南のほうを回りました。結果として、時代をまっすぐ下っていく一日になります。


まずは弥生時代。 和泉市の大阪府立弥生文化博物館へ行きました。日本で唯一、弥生文化を専門にしている博物館です。すぐ隣が池上曽根遺跡で、紀元前の大きな環濠集落の跡が史跡公園として整備されています。復元された衣装や住まいの展示を見ていくと、この列島で人がどれだけ長く暮らしてきたのかが、じわじわ効いてきます。


次が古墳時代。 堺へ移動して、仁徳天皇陵古墳。5世紀につくられた、日本最大の前方後円墳です。世界遺産です。


ただ、ここは手前で引き返しました。拝所へ向かう道が、粒の大きな砂利だったからです。

大きめの砂利は、私にとっては鬼門です。踏んだ拍子に右足が内側に返ってしまうこと(内反)があって、そうなると立て直すのに時間がかかる。手すりも何もない開けた場所でそれをやると、なかなか面倒なことになります。「たぶんこういう路面が苦手だろうな」と思っていた、まさにそのとおりの足元でした。


なので、無理はしません。手前から眺めることにしました。


もっとも、拝所まで行ったところで、正面は木に覆われた土手のようにしか見えないのです。あの「鍵穴の形」は、地上からでは絶対に見えない。となりの大仙公園の案内図を見て、ようやく全体のスケールが飲み込めました。日本最大の墓は、結局のところ図で理解するしかない。これはこれで、悪くない見方だったと思います。


歴史の順番でいうと、弥生時代のあとに古墳時代が来ます。つまり先に見た集落のほうが、この巨大な墓より数百年古い。図らずも、順番どおりに歩いてきたことになります。


そして江戸時代。 最後に住吉大社へ寄りました。この旅で二つめの神社です。そしてここで、思いがけず2年前の旅の話が回収されることになりました。


2年前、北海道を旅しました。日本海側を回っていると、どこの港町でも北前船の話が出てきます。江戸から明治にかけて、大阪と北海道を日本海回りで結び、米や昆布やニシンを運んで巨富を築いた、あの船です。資料館でも商家の跡でも、とにかく北前船、北前船。「ずいぶん儲かったんだな」と思いながら見て回った記憶があります。

その北前船の、起点が住吉大社でした。


住吉大神は、もともと航海の神様です。参道には600基を超える石燈籠がずらりと並んでいるのですが、その多くは廻船問屋や各地の商人が、航海の無事を願って奉納したもの。寄進者の名前と地名が彫り込まれていて、読んでいくと日本中の港の名前が出てきます。境内の入口には、日本遺産「北前船寄港地・船主集落」の標柱も立っていました。

北海道で見ていた話の、もう一方の端がここにありました。2年越しで線がつながる。旅を続けていると、こういうことが起きます。


赤い反橋も渡ってみたかったのですが、あれは想像以上に急でした。脇に平坦な迂回路があるので、無理はしません。


紀元前の集落から、5世紀の巨大古墳、そして江戸の廻船まで。狙ったわけでもないのに、一日で2000年ぶんを順番に歩いていました。

🤝 手すりのメモ|この日回ったところ 弥生文化博物館は屋内で段差がなく、ゆっくり見られます。仁徳天皇陵は拝所へ向かう道が粒の大きな砂利で、足元が不安定になりやすいので要注意。大仙公園は広くて歩きやすく、案内図を見るだけでも十分に楽しめます。住吉大社は参道がおおむね平坦ですが、反橋(太鼓橋)は勾配がかなり急なので、脇の迂回路が確実です。
大阪府立弥生文化博物館の展示
大阪府立弥生文化博物館の展示
大仙公園の案内図
大仙公園の案内図
仁徳天皇陵の拝所へ向かう砂利道
仁徳天皇陵の拝所へ向かう砂利道

そして昭和 — 堺でデューク東郷に出くわす


時代の話を続けると、この旅にはもう一つ、昭和がありました。


この時期、堺では「さいとう・たかを劇画の世界2025」という企画が街じゅうで開かれていました。さいとう・たかをは堺ゆかりの作家です。『ゴルゴ13』のあの絵が、市内のあちこちに出ている。

古墳のすぐそばでデューク東郷に出くわす街、というのはなかなかありません。堺、相当すごいところです。

夜は、家族と食事。ここは写真を載せませんが、いい夜でした。


展示のプロフィール壁
展示のプロフィール壁
「さいとう・たかを劇画の世界2025」の展示
「さいとう・たかを劇画の世界2025」の展示

民博の午前と、新幹線のホーム


旅の実質的な最終日です。午前は、万博記念公園にある国立民族学博物館へ。


ここは、世界中の民族資料が物量で押し寄せてくる博物館です。文楽の人形が並んでいる一角があったかと思えば、弘前のねぷたが天井近くまでそびえている。順路を進むほど、地球を一周させられている感覚になります。


展示室が広く、段差も少ないので、時間さえあればいくらでも見ていられる。実際、午前中いっぱいを使いました。


そして、ここで二人とはお別れです。午後の新幹線で、妻と娘は東京へ帰りました。

ホームで見送って、駐車場に戻って、ひとりで車に乗る。四日ぶりの、無音の車内でした。ここから東京までは、また私ひとりの旅です。


🤝 手すりのメモ|国立民族学博物館 展示室が広く平坦で、段差がほとんどありません。休憩スペースも多い。体力配分を気にせず見て回れる、数少ない大型館のひとつでした。
広く平坦な展示室
広く平坦な展示室
民博の展示
民博の展示

見送ったあと、デザイナーさんを訪ねる


ひとりに戻ったその足で、大阪でデザイナーの方のところへ寄りました。


この方、たまたま文楽や日本舞踊まわりの仕事をされていて、公演のポスターを何枚も見せてもらいました。「東西名流舞踊鑑賞会」—タイトルからしてもう強い。伝統芸能のポスターというのは、様式を守りながら毎回ちゃんと新しいことをやっていて、見ていて飽きません。

高砂神社で謡曲「高砂」の舞台に立ち、民博で文楽人形を眺め、そしていま、その文楽のポスターを見ている。狙ったわけでもないのに、この旅はどうも一本の線でつながってしまうようです。

ひとり旅に戻ったところで人に会う、というのも、ちょうどよかった。

「東西名流舞踊鑑賞会」のポスター
「東西名流舞踊鑑賞会」のポスター
公演のポスター
公演のポスター

名古屋、栄の担担麺


大阪から、名古屋へ。

夜、宿のすぐ近くにある担担麺の店に入りました。栄の、知る人ぞ知るという感じの一軒です。派手な看板があるわけでもないのに、カウンターは埋まっていて、厨房はずっと忙しい。ああいう店は、だいたい当たりです。

出てきた一杯は、真っ赤なスープにひき肉と青菜。汗をかきながら食べていると、旅のはじめに徳島でいのたにの中華そばを食べた日のことを思い出しました。あれが10日前です。


船で四国に着いた日。ずいぶん遠くまで来たものだと思いました。

食べ終わって、夜の通りを少しだけ歩いて宿へ。

栄の担担麺の店の看板
栄の担担麺の店の看板
担々麺。美味しかったです。夕方から、朝まで営業してる。
担々麺。美味しかったです。夕方から、朝まで営業してる。

東京へ — 12日間の終わり


最終日、名古屋から東京まで走って帰りました。


高速をひたすら東へ。日が落ちて、メーターのパネルだけが光っている車内で、今回の行程をひととおり思い返しました。


有明から船に乗って、徳島に着いて、高知で友人と飲んで、桂浜で龍馬を見上げて、にこ淵まで降りて、道後に浸かって、松山城で引き返して、しまなみを渡って、姫路で家族と合流して、高砂の松を見て、電動車椅子で城をひと回りして、古墳に登って、猪を食べて、システィーナ礼拝堂を見上げて、バイクを眺めて、弥生から古墳から江戸まで一日で下って、住吉大社で2年前の話を回収して、デューク東郷に出くわして、民博で二人を見送って、ポスターを眺めて、担担麺で締めた。


12日間で、ずいぶん欲張りました。


すべてが順調だったわけではありません。にこ淵の手すりは片側しかなかったし、松山城は途中で引き返したし、伊丹十三記念館は休館日でした。でも、行けなかった場所より、行けた場所のほうがずっと多かった。今年もそう言えます。


そして今回いちばん大きかったのは、姫路城で電動車椅子とガイドさんにお願いしたことでした。自力で歩くことにこだわっていたら、あの城は諦めていたはずです。使える制度とサービスは、思っているよりずっとたくさんあります。


フェリーもETCも半額、施設の多くも手帳割引、観光地には観覧サポートの仕組みがある。制度を使って、人に頼って、体と相談しながら、行けるところまで行く。脳卒中のあと、旅に出ることを諦めている方がいたら、この方法はけっこう現実的ですよ、と言いたいです。

来年は、どこまで行けるでしょうか。また同じ時期に、書きます。


この旅で使った割引・サポートの情報は、番外編にまとめました。

12日間で立ち寄った場所の手すりや段差の様子、障害者手帳で使えた割引、姫路城の観覧サポートの頼み方などを、場所ごとに整理してあります。


→ 番外編 手すりのメモと割引のメモ、12日間ぶん全部

はじめから読む方はこちらです。

→ 第1回 徳島行きのフェリーに乗ったら、四国を一周することになりました(10/25〜28)

→ 第2回 姫路で合流。頼ってみたら、遠くまで行けました(10/29〜11/1)


コメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加

©2026 Mコンサルティンググループ

bottom of page